【シェアハウス論】共同生活で揉め事が起こる理由を考察してみた

ここ数年、常に共同生活の環境に置かれている。

新卒で入った会社では数年間寮暮らしだったし、青年海外協力隊の活動が始まる前の長野県での派遣前訓練は合宿研修だったし、協力隊活動中のボランティアドミトリーでの宿泊も共同生活を強いられた。そして、帰国後もシェアハウスを3つ渡り歩いたりしている。

基本的に共同生活が好きだし、共同生活を共にしてきた・している人たちはとてもイケているし、ずっと繋がりをもっていたいと思っている。

だからこそあえて自分をその環境に置いているのだが、良いことばかりでもない。

住民間のちょっとした争いはどの集団においても必ずと言っていいほど発生する。

これまでの共同生活の経験から、共同生活では何故問題が起きるのか考察してみた。

問題が起きる原因は大きく2つあると考えている。

パターン① 貢献量と享受量の不均衡

これは、仕事ができる人が集まる環境で起こりやすい。

ビジネス感覚を持つ人だと、自分の貢献度に応じて利益を享受すべきという考えが根底にある。そのため、自分よりも貢献度が低い人が自分よりも利益を享受していることが許せない。

そんな環境で明らかに貢献度が低い人がいたなら、袋叩きに合うだろう。

しかし、それはまだ恵まれているケースだ。

解決が難しいのは、双方ともに自分は貢献量に対して享受量が少ないと思っている場合だ。

これは僕の仮説なのだが、人は往々にして、「してあげた」ことを過大評価し、「してもらった」ことを過小評価する傾向にある。

この仮説は太陽光発電を考えてみると理解しやすい。

(理解しにくいと思ったみなさんは、この箇所は飛ばしてください)

ソーラーパネルは、太陽光の持つエネルギーの数10%も電力に変換できない。

そして、その電力を利用して光を生み出す場合にも、必ずエネルギーロスが生じる。これは熱力学の原理なので仕方がないことだ。

太陽光の持つエネルギーをEsとし、ソーラーパネルで変換した後の電力エネルギーをEc、その電力Ecを使って生み出した光のエネルギーをElとすると、

Ec = aEs
Es = bEl
Ec = abEl

※a, bは1未満の定数。

つまり、ソーラーパネル側で同じ電力で換算していても、受け取る光と生み出す光には、abの差がある。

これは、人が実際に受ける享受としてEcの代わりにKc、人が与える貢献としてElの代わりにKl、人が感じる度合いをEsの代わりにKsと置き換えることができる。

仮に、貢献度の過大評価を7割、享受量の過小評価を7割とすると、0.7 x 0.7 = 0.49。すなわち、感受値Ksが同じなら、貢献度Klと享受量Kcはだいたい倍くらいの差になる。

(読み飛ばした人はここから読んでください)

これは非常に恐ろしい。

自分はしかるべき貢献をしているのに、享受量が少ない、と集団の全員が思う可能性があるからだ。

相手と実質的に平等になるためには、自分の方が多く貢献しているという実感がなければいけない。相手に平等だと思ってもらうためには、さらに多く貢献しなければならない。

この人とは平等だな、と思うのであれば、その人はあなたより多く貢献している。

人はソーラーパネルではないので、貢献度を過大評価し、享受度を過小評価しない人もいる。ただ、貢献度と享受量の感受性の差は本人には感知することができないので、誰もが「人より多く貢献する」ことを心掛けるべきだろう。

パターン② 守るべき価値観の違い

これは、バックグラウンドが異なる人が集まる環境で起こりやすい。

人は4つのタイプに大別できる。

  1. ちゃんとするけど、他人がちゃんとしないのは許せる
  2. ちゃんとするし、他人がちゃんとしないのは許せない
  3. ちゃんとしないし、他人がちゃんとしないのも許せる
  4. ちゃんとしないのに、他人がちゃんとしないのは許せない

このうち、シェアハウスに適しているのは(I)の人間のみだ。(IV)は言うまでもなく評価に値しない。そもそも、このタイプの人間はシェアハウスに住むことを好まない。

厄介なのが、一見して(II)のタイプが評価されがちだということだ。
価値観の違いによるトラブルには、必ず(II)のタイプが絡んでくる。

そして、(II)のタイプは自分が正しいことを信じて疑わない。「汚くするやつがシェアハウスに住もうなんて信じられない」と。

その結果、(III)のタイプが不満を募らせる。「許せないならシェアハウスに住まなければ良いのに」と。

個人的には、どちらの感覚も正しいと思う。どちらも論理的に正しい。

だからこそ、紛争は根が深くなる。

「ちゃんとやる、やらない」の価値観以外でも、価値を置く事象の違いによって紛争が起こることは多々ある。

例えば、共用スペースで音を出しても良いか否か、の問題はだいたいの共同生活で生じる。

「テレカン等あるので、みんな音を出してもかまわないから音を出したい」派と、「自分も音を出さないから、みんな静かにしてほしい」派に分かれる。

このあたりは、話し合いで解決はほぼ不可能なので、集団生活を始める前に細かくルール決めをしておくべきだろう。もしくは、その集団生活環境に入る前に、その集団がどの価値観に基づいて確認しておくべきだろう。

とはいえ、往々にしてこの手のトラブルは避けられないものなので、

自分としては「人に迷惑かけないことを心掛けつつ、他人からの迷惑は気に留めない」というスタンスを取るのが正解なのかな、と思っている。

この辺りは、青年海外協力隊の経験がかなり活きている。

これからシェアハウスに住もうと検討しているみなさん、参考にしてください。

 

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